kaunisupuu mekiss

小さなお話や長いお話、詩のようなお話、時々他にも何か。

1月まだ夜明け前の。

救急車や消防車が
ひしめき合っていたんだ
消防団の青年が
格納庫から出したホースを
水が通っていくのを

見たよ

確かに

お父さんとお母さんが
すすを舞いあげて
燃える家を見ていたのを
それなのに
気がついたら
お父さんがいなくなっていたんだ

一月の終わり
ガラスは確かにしまっていた
ひんやりとした空気が
硝子の粒子の隙間から入ってきて
私は布団に潜って 
夏の夢を見ていた
ざわめく野次馬と
お父さんの名前を呼ぶだれかの声と
次々と集まってくるサイレンに
目が覚めた 窓の外では
赤色灯がくるくる回っていて

寝室は 玄関を入って左
鏡台は入ってすぐのタンスの脇
上の引き出し
あった 
いつも身につけていたらいいのに
いや まてよ  
お母さんはいつも 身につけていたな 
ご飯を食べながら新聞を読まないでって
言って わたしが黙っていたら
怒り出して あいつが怒りだすと
手のつけようがないから
放っておいたんだった それで
ネックレスをはずしたのか?
お母さんなんて呼ぶようになったけど
あいつは わたしのお母さんじゃない
あいつはわたしの恋人だった人
子供を産んで育てて 毎日お弁当を作って

とにかく外へでないと
あ でもあとひとつ 
あいつの陶器の人形も 
あれはたしか台所の・・

火の子は
食べられるものを探して
家の中を這いまわり
飛びまわり
食べられるものには
見境なく 食らいついていた
妻の笑顔を見たくてこだわった台所で
アルバムがしまってある子供部屋で
火の子から 炎に育っていく
私のパジャマの裾に
火の子がかみついてる 振り解けない
喉を通って 
火の子が食べ散らかした後の汚物が
家具からふつふつと染み出し
私の喉を通って器官を満たしていく

私の脚に喰らい付くな

お父さん 寝室の鏡台に
お父さんから初めていただいた
ネックレスを 忘れてしまったわ

あの人は何にもいわず
立ち上がって 家に戻って行ったの
私は祈るような気持ちで
あの人の後ろ姿をみていたわ
すぐ戻ってくるはずだったの
だって寝室は 台所から一番遠くて
道路に近い場所だから

いつもむすっとしていて
あの人が好きなものを作っても
にこりともしなかったの
いつからかしら
覚えていないわ
あの人 なぜ 戻ってくれないの
お父さん どこにいるの?
あの人 こんな寒いとこに私を遺して
お父さん ネックレスなんて
いらないのよ 
お父さんの手をつなぎたいの
あの人の手のひらに包まれていたいのに
お父さん?じゃない 
あの人はわたしの恋人だった人
なのに 名前が思い出せない
今 いてほしいあの人の名前が 

建物が崩れる音がした
野次馬を整理する声がした
白いパジャマを着た老婦人が
支えられながらすぐ下の道を歩いていく
空まで燃えているようだった
オレンジ色と赤い色が
濃紺の空を漆黒の闇に変えていた
吹いてくる風は焦げた匂いがした
黄色いテープが張られ
住みになった柱を残して
真っ黒い塊が跡に残っていた

新聞記事は 
何平米焼けたとか飛び火しそうになり
バケツで汲んだ水を家にかけていた人や
真ん前の家の人の話を載せていた

炭になった柱から
微かに 白い煙があがるのを
確かに 見たんだ ほんの一瞬だったけれど