kaunisupuu mekiss

小さなお話や長いお話、詩のようなお話、時々他にも何か。

台所シンクの上に小さな蚊の死体があった。今回は私が叩いたわけでもなく蚊取り線香を炊いていたわけでもないから一体なぜそこで死んでいたのかわからない。
 蚊は産卵のための栄養補給のために血を吸う。だいたい2mgでお腹いっぱいになるのだが、一回の吸血作業ではお腹いっぱいにならない。当たり前のようだがたいていの人が蚊を見ると追い払うしバシバシ叩き追い払う。
 ところで人体を流れる血液は体重の13分の1kg。蚊から見たらかなりの量。しかしながら私にしたら、一滴たりとも蚊にあげたくない、痒くなるし下手したらかなり悪い感染症の素をプレゼントされかねない。
 人知れず死んだ蚊を見ながら妙な気持ちになった。小さい身体を横たえてすでに絶命している彼または彼女はいつどこで生まれたのか、ステンレス製のシンクにたどり着くまでにどんな生き方をしてきたのか。私の右腕が痒いのはこやつの仕業か。左足の親指の先を刺したのはこやつか。そもそもなぜなくなったのか。害をなす虫であってもなんだか悲しい。じゃあ、血をあげたらよかったと、私の中で声が聞こえる。いや、それは無理。
「神と自然は無駄なものは作らない」とアリストテレスが言った。蚊はなんの役に立つのだろう。私はなんの役に立つのだろう。命に貴賤はないように思いつつ蛇口を捻り水を出すと、シンクの中で小さな死体がクルクル回った。小さな手足は硬直したまま水流に弄ばれている。なぜか私はその死体を一刻も早く目の前から消してしまいたいと考えている。それでますます蛇口をひねるのだが昨夜からずっと水道管の中で居眠りをしていた水は生ぬるくそれは水量にも反映していた。蚊は相変わらず水流に乗って狭いシンクの中をあちらへこちらへと漂っていた。