kaunisupuu mekiss

小さなお話や長いお話、詩のようなお話、時々他にも何か。

また別の1

5ミリに満たない白い錠剤を2粒。コップ一杯位の水でのどに流し込み、ゆっくりと溶けていくのを待っている。

薬が解け始め私に吸収されるまでのわずかな時間に、私は自分史上最悪なこの物語を書きつづっている。記憶があいまいになる前に、はなしたい。

 

写真家の母はその時々の私を写真に収めた。ご飯を食べている私。父の膝にいる私。タンポポを一輪つまんでいる私。それから、5歳の私に化粧を施して真っ赤な口紅をさした写真。自動車が激しく往来する車道を多分母に向かって走っている私。少し名の知れた母の

出版した写真集に今も私が載っている。どの写真もたいてい笑顔だ。わたしはわけもわからずシャッターに笑顔で反応した写真ばかりだ、一度だってたのしかったことはなかったのに。

40を過ぎて私は突然夜眠れなくなってしまった。最初はたわいのないことだった。東京の大きな書店で、偶然母の写真集を見つけた。懐かしくて、広げた。全く忘れていたことを不意に思い出したのだ。

おかあさんは

私を裸にしてからマジックを握らせた。それからお母さんも裸になって

私を呼んで畳の上に寝転び、

「まお、お母さんがキャンバスになるから、好きなところへそのペンを使って書いていいよ。」

といった。思わぬ提案に、わたしがどぎまぎして、油性のペンを握ったまま立っていると、

「なあに。かけないの。」

といって座り直した。

「もじもじすることないじゃない。お風呂だって一緒に入っているでしょ?」

お母さんは私を抱き寄せながら言った。

「じゃあ、背中に書いてごらん。」

私はお母さんの後ろに回って、左肩の後ろにぐるぐると線を書いた。

「あ。」

お母さんが小さくつぶやいた。

「・・・・痛かった?」

お母さんは何も言わなかった。お母さんにいたずら書きをするなんて遊びはしたくなかった。いやなきもちになって、お母さんの膝に座って首に手を回す。あたしがお母さんに抱きついている様子を、私がお母さんの左肩にぐるぐる書いた線越しにアイフォンで写真を撮っているおじちゃんがいた。何にも言わずただ写真を撮っているおじちゃんをにらみつけている私が写真として残っている。その男が誰だったのか思い出せないけれど、父ではなかった。私が見ていたのは、その男の顔ではなく、ちょうど目のあたりにあるジーンズのまたのあたりだった。

私は5歳の誕生日を迎えたばかりで、お母さんのお膝のあたりは濡れているような、人肌以上の湿った生ぬるさを感じていた。

その日の撮影がどういう風に終わりを迎えたのか思い出せない。ただ、その場の空気は今でも覚えている。父が3つ隣の部屋でピアノを弾き始めたのを耳にした。シューマントロイメライ

「あ。おとうさんだ。」

私は母の膝から飛び降りる。裸のまま父のもとへ行こうとすると、母が腕素食いっと引っ張った。

「まお、服を着ていきなさい。寒いからね。」

なにも身に付けていない母が、その場に落ちている私のシャツを表に変えし、私の頭にかぶせた。されるがままにそでを通し、パンツもはいた。

「お母さんは寒くないの?」

母は、クスリと笑って

「お父さんに、お母さんもすぐ来るよって言ってくれる?」といった。

父のトロイメライが終わらないうちにピアノを弾く父のそばにかけていった。

母はそれから、父がラプソディインパリを弾き始めても現れなかった。

母が表れた時、短い髪が少し乱れていて、頬は紅潮しているように見えた。何も言わないでピアノを弾く父の後ろから頬を寄せてちいさく

「あなた、お帰りなさい。」といったのを覚えている。

 

適応障害ですね。」

医者の診断がおりて薬を処方されるようになった。

すっかり捨ててきた過去が、こんな風に自分の好きな場所で見つかると抗いようがない。