kaunisupuu mekiss

小さなお話や長いお話、詩のようなお話、時々他にも何か。

第1話  気の乱れ~起章~昔 どこかで

一面に生い茂るススキの原を一兵士が泣きじゃくる両脇に子どもを抱えて分け入っていくところだった。両脇に抱えられた子どもたちは振り落とされまいと必死にしがみついている。強い向かい風が幾筋もの川の流れのようにススキの流れを変え、ススキの葉は鋭利な刃となって彼らのむき出しの腕や頬を傷つけた。他に道もなく、進むかまた別の道を行くかなどと、迷っている時間も彼らにはなかった。追っ手がすぐそこに来ていた。群生するススキの株の間を縫うように進んでいく。彼は息を弾ませながら子どもたちに何度も言っていた-心配しなくていい、と。
「もうお前たちを誰にも傷つけさせたりはしない。」
とその時、彼と同じ装束の兵士が放った矢が背から腹にかけて突き刺さった。
彼はバランスを崩し女の子を落とした。
ひざをついて女の子を拾おうとしたが、痛みに支配されて力が入らなかった。
彼は男の子を降ろすと、女の子の手を握らせていった。
「いけ。はやく。ぐずぐずするな!妹の手を離すな。いけ、いけ!振り向かずにいけ!」
兄は妹の手を握ってうなずいた、自分の背丈より高いススキの群生する中をおぼれるように進んでいく。後ろの方からいけ!いけ!走れという声が聞こえた。風がススキを追い越していくその合間に、男が叫ぶ声が聞こえた気がした。少年はびくっとして一瞬の間、立ち止まり、すこし振り向いた。妹の掌を握る指に力が入る。風がススキの間の兄妹を吹きさらし、ザザザーッと駆け抜けていく。一陣の風が男の最後の叫び声をつかみ取り、子ども達よりずっと先へ、はるか前方へ連れ去っていった。
ススキ野原の入り口に程近い楠の梢で、これらの様子をひと知れず見ているものがあった。舌打ちをしながら、子どもの足は所詮大人には、かなわない―そう独り言した。
程なく兄妹は兵士達に捕らえられた。子猫のように首根っこを捕まえられ、足をばたつかせ子どもたちは今来た野原を連れ戻されていく。すすき野原の始まる辺りで兄妹は突如地面に落とされた。先ほどの見学者が、兵士達に痛みを与える間もなく斬り捨てたのだ。返り血を浴びて怯える子供達に向かって男は優しい笑みを浮かべながら冷たく言い放った―
「お前たち彗樹国の、王の子どもたちだね?」
兄は妹を抱え込むようにして男の問いには答えなかった。が、身なりを見れば疑う余地などなかった。噂は真実だったのだ。

世界は混沌としていた。その中にそれなりの秩序を持つ、国と呼ばれる集団が出来始めていた。混沌とした中の、かなりの実力を伴った国―彗樹(すいじゅ)国(こく)と金(きん)西国(ざいこく)との和睦の宴が設けられた席でのことだった。
彗樹国に招待されていた金西国の統治者は、先ほどまで宴の会場の端で、自分を護衛していた男、今はこの場で不敵な笑みを浮かべている男、一番信頼していた男が首謀者であるということをしったのは、宴が始まって間もない時だった。男がそばへやってきて、急を告げるふりをして、王の耳元でささやいた。
「たった今から、あなたはわたしの陛下ではない。」
彼の告げた、その言葉はあまりにも唐突で馬鹿げていた。しかし冗談の微塵もなかった。そしてそれを告げられた王は平生を装って答えた。
「ふん、何を馬鹿な。」
金西国の王は、身じろぎ一つせずにつぶやき返した。
彗樹国の王は、状況を見守りながら、自分の部下の様子をうかがう。護衛のために配置しているはずのつわものたちの所在を目だけで確認した。確かに配置についている。
金西国のクーデターに巻き込まれつつある状況を読んでいる。
「さて、わたしは、どちらとこの宴を続けていくのが良いのか?」
と彗樹国の国王は、いった。
先ほどの男は、薄く笑い、吐き捨てるように言った。
「ご安心ください。宴は終わりです。そして、あなたも、既に、彗樹国の王ではないのですよ。周りをご覧なさい。」
先程まで確かに宴の席であった会場に、王を守る護衛の者たちのものと思われるものが彼らの血に染まった状態でなげだされた。
「何を馬鹿なことを。私の国ではそのようなことは認めない。」
彗樹国の王の言葉などどこ吹く風で、男は広間に響く大きな声で、だが冷静な口調で話した。
「私は、いまから、ここに偶然にも集った二つの国を私のものとする。・・・私は、民を餓えさせない。」
大広間に抵抗しようと動いた招待客の悲鳴が上がった。
両国の王たちは、バルコニーに引きずり出された。城下のものの前で凶器を突きつけられた格好のまま民の前に、先程の男が宣言をした。
「今より、金西国の王と彗樹国の王は変る。この宴は和睦のためのものではない。彗樹国と金財国はわが統治下になった。」
城下では、幾人かは酒によって笑っていた、そしてまた幾人かは事情を読み取り泣き出していた。また、幾人かはあっけにとられ、ぽかんとしていた。
「すべての民に告ぐ。私の統治下において、お前たちを飢えさせない。」
飢えないと言う言葉に、赤子を抱いているものは微笑み、理解した。
「腹いっぱい食べれなくとも、飢えないなら、歓迎するよ。」
金西国の王は空を仰いだ、かつての自分もやってきたことだった。自分だけではない。この世界に国を造り、治めている王の大半がこうやって裏切りや策略を繰り返してこの道を歩いてきている。両国の元王はあっさりと処刑され、まだ血が乾ききらない刃が彗樹国の王子と姫に突きつけられたとき、彗樹国の兵士の中に、幼い二人の子どもたちに同情した数人の兵士が、いくばかりの抵抗を見せたが、多勢に無勢、到底かなう相手ではなかった。それでも混乱に乗じて二人の子どもたちを城の外に出すことまでは出来た。
王族一家は全て殺す。なぜなら生き残してしまった子どもが大きくなれば、復讐を企てるだろう。禍の芽は摘んでおくが鉄則。周到に計画されたクーデターの成功の中、唯一の失策は、子どもの始末だった。彗樹国の王族は民を飢えさせたと言っても、王族も派手な暮らしはしていなかった。人気がないわけでない王族を、憐れむ声が城下から、聞こえていたのだ。だからこそ、子ども二人を逃してしまったのだ。
「子どもを始末したものに、特別の褒美を与える」そんな一報が、統一されたばかりの国の全土を駆け巡り、続く争いや戦いの中で、腕はたつが所在のない者たちを動かした。
「特別の褒美」のために。
翌日の陽がのぼる頃には、この世界全土にクーデターによる新しい国の誕生が知れ渡っていた。
金西国に、もうだいぶ以前からきな臭い策がめぐらされていたことやこの時期の和睦の宴で何か起きるという噂を先ほどの傍観者は感じ取っていた。
「ひょっとしたら、俺にも少しはツキがあると、いうことか・・・」
今、追っ手から救ったばかりの子ども達をなめるように眺めながら独り言をした。
彼は金西国でいつも傭兵として戦いに参戦してきた。なにかがおかしいと思ったのは、前々回くらいの戦さからだったろうか、金西国の傭兵に対する報酬が明らかに目減りしていることに気がついた。それに加え、わずか数日前に彗星の占いで凶が出たことが、男を次の戦さに駆り立てなかった。次の戦さに備えての傭兵要請の打診に対して、男は祖母を担ぎ出した。
「おばあちゃんが死にそうで一目俺に会いたいといってきたから国に帰る」
と。同胞や上官に当たる奴らは腰抜けだと笑った。金材国での傭兵生活にはピリオドを打つことになったが彗星の占いには逆らいたくなかった。もとより盗賊が本業の男にとって彗星の占いは絶対だった。
(今、助けた子ども達・・・これは幸運の鍵・・・)
兵士仲間が話していたことが脳裏に浮かんだ。クーデターによる復讐の芽を摘むことが本当の目的ではないはずだ。奴らはあきらかに彗樹国の血を引くガキを欲していた。国王の子どもたちを捕まえた者には特別な褒美と、多額の賞金が与えられるにきまっている―。このガキどもを連れて行けば・・・。だが、と考え直す。あの新興国を信じるのは危険。それよりも、それほどに手に入れたがっている子どもたちなら闇の市場につれていけばもっと高額で売れるはずだと。俺は褒美など、たくさんはいらないのだ。一生すごせるだけあれば・・・。
彗樹国の王の子ども。彗樹国は他の国とは違う国のなり方をしていた、武力ではなく金西国出の自分達には考え付かないような柔らかな力で民を一つにしたという。流血ではない国の統治が彗樹国を特に侵しがたい国として、この世界の生きもの達に認知されていた。言い換えれば彗樹国を治めるものは、この世界を掌中にすることも可能であると。
彗樹国の王も、もともとは武力にかけては天下一品だった、といっても荒くれ者ではなく、腕が立つほどの頭が良かった。でも本当に頭がよければ、自分の家族を危険な目にあわせたりしないだろうに、と男は思う。
彗樹国の子どもに何の魅力が有るのか男には、わからなかった。だが、確かにこの子ども達と、一緒にいる時、極まれに、今まで感じたことがない感情が頭をもたげようとする感覚を何度か味わった。それは例えば、不覚にも、夜ぐっすりと眠りこんでしまうとか。逃亡生活中にぐっすりと眠り込んでしまうとは命を脅かすことにつながるというのに。ふたりの子どもが逃げないように、そして、特に女の子の方がうなされて泣き叫ばないように(泣き叫ばれて追跡者に気づかれてしまうのを避けるために)ふたりの子どもを自分に縛り付けて寝たことがあったのだが、そのときの爆睡ぶり、後にも先にもこの時だけだったが、子ども達といると妙に眠くなったのが男には不思議だった。あんまり熟睡していたので、子どもたちに揺り起こされたほどだった。
「おじさん、起きなくていいの?」
「おじさん死んだのかな?ぜんぜん起きる気ないみたいだ。」と子どもに言われた。
「ひょっとしたら、このおじさんは、私たちの味方なのかな?」
女の子の声を無視してゆっくりとおきあがり一喝する。
「まちがえるな。俺はお前達の味方ではない。」
この子ども達が新たな大枚を自分にもたらしてくれることだけが大切であり、二つの国をひとつに統一した国のことはわからない、興味がない、どうでもいい。
彼のいた金西国も兵士の大半が金で雇われていたので、金以外の結びつきが有ることは理解できない。だが、金だけのためだからこそ、これから先も彗樹国のガキを追って自分を追ってくるものがいる事実を、肌がぴりぴりするほど男には良くわかっていた。時間が、なかった。彗樹国の子どもを欲しがるものの気持ちなど考えるほどの時間など、最初から持ってはいなかった。
男は、闇の市がたつという東南に向かっていた。何日もの間、子ども連れで、追っ手つきの旅となるとさすがにこたえた。子どもを高く買わせるためには、血統だけでは足りない。血色不良や死に損いでは、話にならない。
そうはいっても体力、気力、財力とも、もともと多いほうではないからすぐに底をつき始め、ある時、とうとう闇の市場までは、どうにも届かないと男は決断した。彼は深い森の中の偏狭な場所に隠された里なら、この子ども達を欲しがるかもしれないと知っていた。
他の部族との接触を異常なまでに拒む村―確か礌砢(らいら)という名の―今いる場所から一番近いその集落を目指した。何とか集落にたどり着き、集落の村長に子どもを売るハナシをもちかけた。
「・・・この子どもたちは今、多額の報奨金だってついている。ばあさん。だが奴らに手に入れることはできない、なぜならこの俺が今ここであんたに売ってしまうからさ。この森は深い、入れる奴は決まっている、森が意思を持ち、入れるものを選んでもいやがるからな。森に選ばれて俺はここにいる。チャンスは今ここにある。みな、この子達がここにいるなんて思いもしない。そしてこの場所以外なら、こいつらは、もっと高く売りさばくことだって出来る。」
こどもたちが彗樹国の正当な跡継ぎと疑う余地のないことを知っている老婆はにんまりとした。偏狭な場所でさえ彗樹国と金西国の話はしっかりと伝わっているのだ、其の証拠に歯の抜けたしわくちゃな顔を、いくぶん、ゆるませながら老婆はいくらかと聞いた。
「あの間抜けな国。民を飢えさせないといったあの男は、事実、民を、飢えさせない代わりに奴隷のように労働を課していると聞く。」独り言をいい、くちゃくちゃとかんでいた薬草を吐き出したあと、唐突に言った。
「ほしいのは女の子だけだよ、男の子は連れて行きな。」
「なぜだ?」
といらいらしながら男が言うと老婆までいらいらとしながら吐き捨てるように言った。
「要らないからさ。」
「男の子のほうは嫡男だぜ。それでも、いらないのか?」
老婆はフンと鼻で笑った。男には理由がわからなかったがそれでもかまわなかった。兄妹セットでどうしても売れなくてはいけないわけではなかったから。男は自分が知っている額で一番の高値を言うと、老婆は鼻で笑いそんなものでいいのかいと言った、男は頷いた。男は妹のほうを引き渡す時、手を放さない兄を殴った。何度殴っても妹の手を放さないのでその場で斬り捨てようとした。が村長にこの大地を血で汚すなといわれ剣は鞘に収められた。男は少年を殴り続け意識が朦朧(もうろう)とした少年からやっとのことで妹から手を離させた。男のごつい手のひらがしびれて利かなくなったほどだった。とにかくお荷物が一つ売買で来た上に、自分が考えている以上の大枚が手に入った。残った少年を抱えて男は今通ってきた道よりもっと深い森を進んでいった。進むほどに泣き喚く女の子の声から遠ざかっていった。
手にした代価は男が考えている一生食っていけるだけの分をはるかに超えていた。
―この少年はもういらない。欲をかくのは、おばあちゃんの教えに反する。
少年を朽ちて苔むした大木の陰に横たえながら初めてあったときの、柔らかいけれどどこか生を感じさせない言い方で、少年に向かってつぶやいた。
「ここで、お別れだ。」
少年が意識を取り戻さなければそのまま打ち捨てて、とどめまで刺さぬつもりでいた。先ほど与えた苦痛で十分だ。何より、少年を殴り続けた腕がまだ痛む。何もせずとも置き去りにすれば必ず死ぬ。それほどの森の深さだ。一息に死なぬとしても野犬に食われてオシマイのはずだ。厄介はそんな風に片付けられたら厄介でなくなると頭が悪いながらにそう考えた。立ち去ろうとした時、少年が起き上がる気配を背後に感じた。男は少しだけついていないなと思った。なぜそう想ったのかは、わからないままで。少年は座りなおしながら、先刻殴られて腫れあがった顔で男を見据えて言った。
「ぼくは、もういらないのだね。」
男は舌打ちしながら振り返った-
「あぁ、ここでお別れだよ、おじさんには、君はもう必要ないのだよ。」
少年が男を見て言った。
「そう。」
少年はひとつため息をつき、それと同時に激しく咳き込んだ。咳と一緒に血を吐き出しながら、ぜいぜいと肩で息をしながら少年は言った。
「僕を、ここで殺したほうが、いいよ。僕は生きていればきっとおじさんを見つける。」
男は「それで?」と小さい声でつぶやいた。
「おじさんを、殺すだろうな。」
振り絞るようなか細い声だった。男は鼻で笑いながらふりかえった、「そうか。」
「それも楽しみな・・・。」
振り向きながら剣を抜いた。木々の間から差し込んだ、一瞬の月の光のかけらに切っ先がきらりと、答えたように少年には見えた。
「残念だよ。でも、ま、そこまでいうのであればそれも仕方ない。」
自分でも何が残念なのか分からないまま男は少年に近づき、続けて言った。
「じゃ、遠慮なく。」
といいながら少年を肩の辺りからわき腹にかけて斜めに剣を走らせた。すばやい動きに切られた感覚はなかった、はずだった。少年は、前のめりに倒れ、動かなくなった。男は剣を鞘にしまってその場をさっさと離れた、止めを刺そうと刺すまいとどうでもよかったのだ、どの道こんな深い森に立ち入るものはあるまい。説明の出来ない後味の悪さを、生まれて初めて味わっている自分に少し戸惑った。あれだけの傷なら少年は必ず死ぬ。傷で死ななかったとしても血の匂いは野犬を呼び寄せる。後味の悪さから少しでも遠ざかるように違うことに思いをはせた。野犬が食う、そして死ぬ。俺が切ったことが原因ではなく。
気を紛らせるために、礌砢(らいら)の村で得た大枚の使い道を考える。生きていくものは前向きに考えていかなくては、死んだもののことは生きているものの考えることじゃないと、男は独り言して、早足でその場を去った。

少年の深い傷からどくどく流れ出ていった血が、もうとっくに朽ちてしまったはずの大木を濡らしながらしみこみ始めた頃、それまで厚い雲の向こうで眠っていたはずの月の光が完全に呼び覚まされるように輝きだした。
それは合図だった。
深い森に独特の強い風がすっかり雲の包布を月から剥(は)がす、暗闇のしっとりとした重い空気を入れ替えるように光のベールが辺りに広がり始めた。めったにない夜の始まりの合図だった。何百年に一度あるかないかのブライトナイトの夜―。少年の周りの大木が次々と重い足を持ち上げ、差し伸べるように上に伸ばしていた枝を、腕を下すようにたれ始め、少年と同じ形に変わっていった。少年の血を吸って朽ちた木が生き返った。血に濡れた彼は大男の風体で少年を抱き上げた。少年の傷口がこれ以上開かないように大事そうに、抱えた。そして森で一番年をとった精霊樹のもとへ運んでいった。地平に近い空で明るい星のすべてがベールをまとったように辺りを照らし続けている。明るい宵。月明かりは時を重ねるにつれて少しずつ彩度を増していき、気がつけば森全体にその光の腕を広げていた。大男は少年を樹に渡すと渡された樹は静かに言った、
「それがお前の願いなのか?受け取った命を少年に戻すというのか?」
大男は二回、うなずいた。う―あ―と答え静かに崩れた。崩れた大男の代わりに小さな輝きを放つ透き通った珠がその傍らに、二つぶ零れ落ちた。精霊樹が零れ落ちた珠を拾い上げ、少年の唇に触れさせると、光を放ちながら喉もとへと消えていった。老いた樹が少年を抱き上げると夜の空の光が少年に薄絹を重ねるように降り注ぎ、重なり合いやがてすっぽりとくるんだ。老いた樹は風にからだを包まれながら夜の歌を歌い始めた。その声は森中をひとつの生き物にし、一匹の巨大な魔物が吼えているように大地を緩やかに駆け抜けていく。声が通るたび森中の樹が枝をゆすぶり共鳴した。その歌が終わる頃少年を包み込んでいた光の薄衣も少しずつ消えはじめ、淡い光がひとつ消えるごとに少年の傷も癒されていった。一晩中続いたブライトナイトの宴も近づく夜明けに息を潜め始めた。明け方、旅の男が森の中に、何かに導かれるように迷い込んだ。彼は今では軽症になりつつある少年を見つけた。抱き起こし泥や血で汚れた少年をいとおしげに見つめた。背負っていた荷物を腕に持ち替え少年を背負った。その頃にはもう巨木の両腕も両足も元の枝、幹、根に、戻っていた。少年の治療に妖力を使い果たした老妖樹は少年の行く末を案じながら眠りに帰っていった。森を揺らす最後の風のひとふきが大男に姿を変えた朽木の上を通り過ぎようとしたときにはもう完全に倒木から細かな木の屑にかわり、風に運ばれどこかへ飛んでいった。風が森を縫うように翔け、今はすやすやと男の背中で寝息を立てている少年の頬を掠めていった。